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by zephyr_w
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さて、どこへゆこう

もう縛り付けるものは何もなくなりました。

散文です。
相変わらずの自分語り。



大学という場所を卒業した。
正直に言えば、感傷はない。
やっと人生のノルマから解放された、という感じかもしれない。

私が海の生物が好きということ
だからあの科にいたこと
あの研究室に入ったこと

全部、自分の成したことだけれど、自分の中に無理やり作った自分に合わせたものでした。
もちろん楽しかったし、いろんな人を観察できて面白かった。
それはそれで滅多にできない経験だったと思う。

(2013/6/20 追記 そもそも、小説を書く上で科学的な内容をなんとなく把握できる知識が欲しかった。あと、ニュースなどで出てきた図式を解説に踊らされず自分で考察できるようになりたかった。というのが本当のところ。どちらにせよ大学に行ったのは教養という点で非常にありがたい)


研究をして、知ったこと。
探求の道は、本心で望んで、進んでやらないと立ち止まってしまう。
私の中には「ここまでやれば卒業というノルマをクリアできる」という気持ちがあった。
けれど、本当に研究をするなら「あれもできる、これもできる、もっと」と思い、それをすることに充足を覚え、もっとのめり込んでいく。
私はのめりこむ一歩を出せなかった。出したくなかった。
「私がしたいのはこれじゃない」って心が訴えて手足が動かなくなった。
驚いた。過去に出された宿題だってレポートだって、面倒だと思ってもこんな風にはならなかった。

ずっと、私の行動基準は「褒めてもらえる」か「好評をもらえる」か、そういうことだった。
別記事にも書いたけれど、結局は愛されたいという気持ちだった。

私が志望動機が書けない理由もわかった。
「いい子」は「我侭を言ってはいけない」「求めてはいけない」と、心の奥底にそういう気持ちがあったからだ。
いい子であれば、都合のいい子であれば求められる、愛されると思っていた。
愛されるために「いい子」でいたかった。

自分の中には2つ考えが混在していて、これは「大人」の自分と「子供」の自分だろうと認識していた。
多重人格というほどはっきりと分かれてはいなかったし、医師に聞いたわけでもないので精神疾患ではないと思うけれど。
何度も同じ考えがループしたり、事態を深刻に見過ぎたり(妄想)する時もあるから、思考障害はちょっとあるかもしれない。

「大人」の自分は聞き分けがよくて、現実的で、合理的。
「子供」の自分は自分勝手で、夢見がちで、感情的。
大学生の期間中は自分の中ってそんな風になっているなあと捉えていた。
し、一度人に言ったこともある。

けれど、「大人」の自分は「いい子」になることで愛されたい自分。
「子供」の自分は「いい子」のために抑圧されてきた「自分のしたいことをしたい自分」。

こういう関係性なんじゃないかと、改めて思った。
今までも、我慢しきれずに「子供」の感情が爆発したことがあったので。

行かなきゃいけないとノルマ化されていた大学も出たし、自由になりました。
「いい子」を演じる必要もなくなった。さて、なにをしようか。
by zephyr_w | 2012-03-31 23:33 | 思想